2007年6月3日

弔辞


告別式で弔辞を読んだ。驚いたことに弔辞を読んだのは友人代表の私ただ一人だった。私は即座に奥さんと思いが一致していたことを知った。彼はもう居ない。でも、彼との思い出の記録という意味でも、全文を転載する無礼をお許しいただきたい。

弔辞

啓之君、奥さんから知らせを聞いた時、僕はあまりに突然なことで、どこか遠い世界の出来事のように感じていました。僕は今ここに立ち、かけがえのない親友を失った悲しみに打ちひしがれています。

思えば、君との付き合いは中学時代からもう35年にもなる。あの頃、何故か気が合って、頻繁にお互いの家を行き来し、大好きな音楽を聴きながらよく語りあったものだった。大学に入るとお互いに酒の味を覚え、今思うと相当な無茶もした。お互い若かったからね。社会人になってからは君は地方の赴任が多くなり、なかなか会えなくなったけれど、君が山口に居た時には結婚前の今の家内と共に案内してくれた。毎日温泉に通い、美味しい物もたらふく食べた。中でも特大の大皿に盛られた河豚と平目の刺身は圧巻だった。もう二度とこんな贅沢はできないだろうと今でも家内とよく話しています。

ここ数年はアトランタ、サンフランシスコ、上海、そして日本と世界を駆け巡り、いつも忙しい日々を送っていた君。僕はちょっと心配で、体だけには気を付けるようにといつも言っていたけれど、君は大丈夫だとばかりに微笑みを返すだけだった。そんな忙しい日々の中でも、帰国した時には何とか時間を都合して、これから飲もうといつも誘ってくれた。僕は君と過ごすかけがえのない時間を求めて、いつも湘南新宿ラインに飛び乗ったものだった。そんな中、君がいつも目を輝かせて語ってくれたヨセミテ国立公園の大自然を、僕の家族にも見せたいと今度の夏休みに招待してくれた。でも、つい先日、ごめん夏休みのヨセミテはだめになったと電話があった。聞けば日本に戻ることになったという。僕は喜んでまた家族と一緒に過ごせるのだからよかったじゃないかと言ったけれど、君は何だか申し訳なさそうだった。

それが君との最後の会話になろうとは夢にも思わなかったよ。日本に戻れることになった途端に逝ってしまうなんてあんまりじゃないか。君の結婚式で祝辞を述べさせてもらった僕が、今こうして最後のお別れもしなければならないとは本当につらい。ご家族の悲しみもいくばくのことかと思う。でも君は僕がいつまでも嘆き悲しんでいることを決して望まないだろう。もう君と顔を突き合わせてグラスを傾けることはできない。でも、僕はこれから独りで飲む時でも、きっと君が側に居てくれる気配を感じることができると思う。そう、君は千の風になって僕らを守ってくれると信じている。

僕は今、君というかけがえのない親友を持てた幸せを噛み締めて、これからの人生を歩んで行こうと思う。たくさんの思い出をありがとう。今はただ、安らかに眠ってください。

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